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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)14206号 判決

原告 久松達子

右訴訟代理人弁護士 林展弘

被告 株式会社 東拓

右代表者代表取締役 風間久二晴

右訴訟代理人弁護士 久保田謙二

被告 昭和緑地株式会社

右代表者代表取締役 広瀬昭雄

右訴訟代理人弁護士 鈴木實

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年二月二五日から完済に至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年二月二四日、被告株式会社東拓(以下「被告東拓」という。)から霞ヶ浦の護岸堤防より湖水側にある別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、代金四八〇〇万円、手付金一〇〇〇万円との約のもとに買い受け(以下「本件契約」という。)、同日被告東拓に対し手付金一〇〇〇万円を交付した。

2  被告東拓及び同昭和緑地株式会社(以下「被告昭和緑地」という。)は、いずれも宅地建物取引業を営んでおり、原告は被告昭和緑地の仲介のもとに本件契約を締結したものである。

3  被告昭和緑地の説明によれば、本件土地は次のようなものであるということであった。

(ア) 都市計画法上の市街化調整区域である。

(イ) 国土利用計画法規制区域である。

(ウ) 霞ヶ浦堤外地域であり、土地利用に当たっては制限が厳しく、関係官庁と十分協議を要する。

(エ) 堤防は兼用道路であり、将来土浦市に払い下げを受け、観光道路として使用予定である。

(オ) 霞ヶ浦の水位は、海と異なり、潮の干満による変動がない。

4  原告は、本件土地を整地してテニスコート等に利用できるものとして買い受けたものであり、原告代理人久松寛次郎は、契約前に被告東拓専務取締役脇田昌宏及び被告昭和緑地代表取締役広瀬昭雄に対してその旨を告げた。

これに対して、右脇田らは、本件土地を埋め立ててテニスコート等に利用でき、堤防は兼用道路であって将来は観光道路になる旨を告げた。

そのため、久松寛次郎及び原告は、その旨誤信して、本件契約に至ったものである。

5  ところが、霞ヶ浦については、水資源開発促進法により平均水位を三〇センチメートルかさ上げする計画があり、この計画が実現する昭和六〇年には本件土地は水没する運命にあったし、本件土地に接する堤防の現状は工事用道路となっているが、これは河川管理施設であって、道路法にいう道路ではなく、公物の単なる自由使用にすぎず、本件土地は道路に通じない土地であり、また本件土地を利用し又は盛り土をするには河川法の規制があって、埋立工事は公共目的以外のものは許可されないものであった。

6  前記広瀬は、前項の事実を知りながら、原告及び原告代理人久松寛次郎に対し、前記3のように説明しただけで、本件土地が水資源開発促進法の適用を受けること、霞ヶ浦の平均水位が昭和六〇年には三〇センチメートルかさ上げされて本件土地は水没すること、本件土地に接する堤防上の道路が道路法上の道路ではないことを知りながら、これらについて説明をせず、かえって本件土地をテニスコートとして利用することが可能であると告げ、同席していた被告東拓の脇田も右各事実を知りながら何の訂正もしなかった。

仮に、右広瀬及び脇田において、右各事実を知らなかったとしても、同人らは宅地建物取引業に従事するものであるから、これらの事実について調査し確認すべきであり、知らなかったことについて過失がある。

7  原告は、手付金一〇〇〇万円の支払に充てるため、東京三協信用金庫から一〇〇〇万円を利息年七・三パーセントで借り入れ、これを手付金の支払に充てた。

したがって、本件土地の利用不能により、右一〇〇〇万円のほかに昭和五六年二月二五日以降一〇〇〇万円につき年七・三パーセントの割合による損害を被っている。

8  なお、本件契約は次の理由により無効である。

原告は、本件土地をテニスコート等に利用する目的を有し、広瀬らの説明によりその利用ができるものと信じたために本件契約を締結したものであり、被告東拓はこれらの事実を知っていたのであるが、実際には右のような利用は不可能であった。

したがって、原告のした買受けの意思表示には、要素の錯誤があった。

9  また、仮に右無効の主張の理由がないとしても、原告は本件土地買受けの意思表示を取り消したので、本件契約の効力は消滅した。

すなわち、前記広瀬らは、本件土地が昭和六〇年には水没するものであり、埋立整地が不可能であるにもかかわらず、原告に対し、本件土地を埋め立て利用ができ、堤防は兼用道路であって将来は観光道路になる旨虚偽の事実を述べて、原告をしてその旨誤信させ、これにより原告をして本件土地買受けの意思表示をなさしめた。

そこで、原告は、昭和五六年四月一四日、被告昭和緑地の事務所において、被告東拓に対し、本件土地買受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

よって、原告は、被告両名に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年二月二五日から完済に至るまで年七・三パーセントの割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告東拓)

1 請求原因1の事実は否認する。買主は久松寛次郎である。

2 同2の事実のうち、被告両名が宅地建物取引業を営んでいたこと及び被告昭和緑地が本件契約の仲介をしたことはいずれも認める。

3 同3の事実のうち、(エ)(オ)については否認するが、その余は認める。

4 同4及び5の事実は否認する。

5 同6の事実のうち、故意に関する主張は否認し、過失に関する主張は争う。

6 同7の事実は知らない。

7 同8及び9の事実は否認する。

(被告昭和緑地)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3の事実のうち、(エ)(オ)については否認するが、その余は認める。

3 同4の事実は否認する。

4 同5の事実のうち、本件土地に接する堤防の現状は工事用の道路となっているが、これは河川管理施設であって、道路法にいう道路ではなく、公物の自由使用にすぎない事実は認め、その余の事実は否認する。

5 同6の事実のうち、故意に関する主張は否認し、過失に関する主張は争う。

6 同7の事実は知らない。

7 同8の事実は否認する。

8 同9の事実のうち、取消しの意思表示がなされた事実は認めるが、その日時は知らない。その余の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(原告と被告東拓との間の売買契約成立及び手付金一〇〇〇万円の交付)は原告と被告昭和緑地との間では当事者間に争いがなく、《証拠省略》によりこれを認めることができる。

また、被告東拓及び同昭和緑地が宅地建物取引業者であり、被告昭和緑地が本件契約の成立について仲介をした事実及び被告昭和緑地が原告に対し、本件土地が市街化調整区域にあること、本件土地が霞ヶ浦の堤防より湖水側にあり、土地利用に当たっては制限が厳しく、関係官庁との協議を要することを説明した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そして、《証拠省略》によれば、本件契約当日、契約成立前に、原告と被告両名の間には次のような交渉経過があったことが認められる。

1  昭和五六年二月二四日午後、原告及びその夫久松寛次郎は、知人の宅地建物取引業者河崎肇及び戸田某を伴って土浦市の被告昭和緑地事務所に赴き、その代表取締役広瀬昭雄及び被告東拓の営業担当取締役脇田昌弘の両名と面会して、本件土地を買い受けるについての交渉をした。

2  その席上、久松寛次郎において、本件土地の利用計画につき、将来、堤防を隔てて陸地側に原告が所有している土地に老人ホームを建設し、それと一体利用をすることを考えているが、それまでの間本件土地をテニスコートとして利用する考えもあること、また本件土地をレジャー産業に利用する考えもあること、更に転売もありうることなどを述べたのに対し、広瀬は、売主である被告東拓側の仲介業者として、原告らに対し、本件土地を右のように利用することについて特に懸念すべき点はない旨及び将来国鉄土浦駅の南口に改札口が開設される予定があり、これが実現すると本件土地にとって利益が大きい旨を述べた。

また、戸田において、本件土地が堤防より湖水側にあるため、水位の上昇により水没し滅失する可能性及び河川法の適用による問題点について問いただしたのに対し、広瀬は格別不安材料はない旨を述べ、脇田はこれらの発言に同調する態度で、右発言を訂正することはしなかった。

3  原告、久松寛次郎、河崎及び戸田は、手付金の額及び仮登記を付することについての交渉が難行したため、いったん交渉を中断して現地に赴いたが、広瀬もこれに追随し、現地で、原告らに対し、堤防上の道路状部分は将来土浦市が払い下げを受けて五メートル幅の舗装道路となること、本件土地をテニスコート又はグランドとして利用するためには高さ三〇センチメートルまで土盛りができること、本件土地は市街化調整区域にあるため基礎つき建物の建築はできないが、仮設建物の建造は可能であることを説明した。

4  原告及び久松寛次郎は、二月二四日以前の事前調査で、堤防は建設省の管理下にあり、現状が道路である堤防天端部も道路法上の道路ではないことを認識していたが、広瀬から右のような説明を受けて、本件土地が水没することはなく、テニスコートもしくはグランドとして利用し、又は本件土地上に仮設建物を建造して利用することができ、あるいは右のような利用ができる土地として転売もできるものと信じて、本件売買契約を締結した。そして、原告は、本件土地が将来水没し利用不可能となるものであった場合には、本件売買契約を締結せず、したがって手付金一〇〇〇万円も支払わなかったものである。

右のとおり認定できる。

三  ところで、《証拠省略》によれば、本件土地は河川法六条が適用される土地であり、霞ヶ浦については昭和四五年七月に水資源開発促進法四条に基づく水資源開発基本計画が閣議決定を経て公示され、同年度に着工されており、昭和六〇年度に完了する予定であったこと、この工事が完了すると本件土地はほぼ水没すること、本件土地を埋め立てるには河川法による許可を必要とするが、公共目的以外のものは許可されないこと、現堤防の天端の道路状部分は河川管理施設であって道路法上の道路ではなく、将来これが道路法上の道路となる予定はなく、本件土地を埋め立てるため工事用車両が継続的に通行するには河川法による許可を得る必要があったことが認められ、また《証拠省略》によれば、脇田及び広瀬は、本件当時、霞ヶ浦のいわゆる水がめ化計画が完了した場合本件土地は水没する可能性が大であると認識していたことが認められる。

四  右二、三に判示したところによれば、原告は、本件土地が水没することはなく、また土盛りが可能で、これをテニスコート、グランド又は仮設建物所有等建物所有以外の方法で利用することができるものと信じ、右のような利用をするか又は右のような利用をすることができる土地として転売することを目的として本件売買契約を締結したものであり、原告が右のように信じかつ右のような目的で本件売買契約を締結するものであることを広瀬及び脇田は認識していたものであるが、水資源開発基本計画の存在及び河川法による利用の制限により本件土地について右のような利用をすることは客観的に不可能であったものであり、右両名は、水没により本件土地が利用不可能となる可能性が大であると認識していたにもかかわらず、広瀬においては右認識とは反対の事実を述べ、脇田は、売主である会社の営業担当取締役としてその場に同席しながら、これに同調する態度で広瀬の発言を訂正せず、また宅地建物取引業を営む被告昭和緑地の代表取締役として不動産取引に従事する広瀬は、本件土地への土盛りが可能であるかについて調査をし、正確な結論を伝える必要があるにもかかわらず、その調査をしないままで土盛りが可能であると事実に反する説明をしたものである。

そうすると、広瀬及び脇田は、共同して虚偽の事実を述べて原告をしてその旨誤信させ、右誤信に基づき本件契約を締結させて手付金一〇〇〇万円を被告東拓に交付させたものとして、本件契約の効力如何にかかわらず不法行為責任を免れないのであり、被告昭和緑地は商法二六一条三項、七八条、民法四四条により、同東拓は民法七一五条一項により、それぞれ原告に対して損害賠償義務を負うものといえる。

五  そこで、損害額について判断するに、《証拠省略》によれば、原告は手付金一〇〇〇万円を東京三協信用金庫から利息七・三パーセントの約定で借り受けて調達し支払に充てた事実が認められ、このように不動産の買主が売買契約に基づく手付金の支払に充てるため右程度の利息割合で金融機関から金銭を借り受けることは通常あり得ることであるから、右利息金債務の発生は本件不法行為と相当因果関係の範囲内にある損害ということができる。

六  以上によれば、被告両名に対し、各自一〇〇〇万円及びこれに対する右金員借り入れの日以後であること明らかな昭和五六年二月二五日以降年七・三パーセントの割合による金員の損害賠償を求める原告の本訴請求は全部理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

〈以下省略〉

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